商家秘録 その3


四 相場高下論
相場の高下は人の売買によって高下するが、それは人力の及ぶところではなく、天然自然の道理によるものである。
資金力のある人が金の力で売買し、あるいは買占め、売り崩しを行い、一時的に米が高下したようにみえても、その値動きが長続きすることはない。
万民の人気が日本国中から集まって起きる高下であるから、どんな大金持ちでも一人の力で相場を動かすことは不可能である。

米相場は商いが始まれば米の仲買人の指先によって、数千人の人々が鳥のねぐらを争うように、毎日数十万俵を売買し、一俵の差異もなく、日々滞りなく記帳されるという、ほかに類のない商いである。
相場がどのように変動しても邪(よこしま)をいう者はなく、多くの産業の中でもこれに勝る正直な商いはない。たとえ悪人が混じっていても、偽りをもって米相場で立身出世できないことを知るにしたがって、自然に邪をいう者はなくなり正直が習慣づくものである。

このように米相場は天地自然の理をもって高下することは明らかである。
米相場による米価が尺度になって諸万物の価格水準を知ることができる。
このような道理があるから、米相場を行う人は正直を元に商いするよう決心し、私心をもって相場に贔屓をつけず掛け引きしなければ立身出世はできないものである。

五 相場巧者の伝
相場を仕掛ける時、最初に損失額を決めておく。
例えば銀一貫目あるいは五百目、百目、これを捨て金にしても気の痛みにならないようにするのである。
重ねて仕掛ける際も同じく捨て金を決めておく。二、三回曲がっても気の痛みにならない分際相応の額を見積もって、試し玉として小枚数を仕掛かるべし。
千枚なら二百~四百、百枚なら二十~四十とする。
また、相場の途中で自分の方針が違っていた時も、当初決めておいた損金で手仕舞うと分別し、それより多く損をしてはならない。
何度もこのようにすれば、損は百目ずつ、三度でも三百目。五十目ずつなら三度で百五十目である。
見込みが違わなければ利益であり、この利益の時の掛け引きについては本書の記述を熟考することである。
このように売買すれば、損はたびたびでも少なく利益は一回でも多くなる。
五回の売買で三回の損より二回の利益のほうが多い。これが相場巧者の仕方であるから深く味うべきである。




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